聖☆おにいさん





「聖☆おにいさん」(中村光/講談社)

宗教対立を超えた、脱・哲学的マンガ(?) 

教義の面より、奇跡が多いですが、面白いのでお勧めです!(いいのかそれでw)


龍樹の仏教 十住毘婆沙論


龍樹の仏教 小


「龍樹の仏教 十住毘婆沙論」(細川巌/法蔵館)

本当に勉強になりましたm(_ _*)m

「善知識に対し、心に恨みを抱き、また反対に諂曲の心があるもの、
及び利養を貪る者も、同様である。

諂曲とは心がずるく、曲がっていて、媚びへつらい、心にもないことを口に言い、
動作に現して、相手のご機嫌をとろうとすることである。
利養とは、金銭や財産を求め、その他称讃、尊敬などをいつも求めているもので、
このような心は、人間の純粋な心をこわし、深く菩提を求める心を押さえつけてしまう。
ちょうど深い色に染まった布地は、
もはやすぐれた染料をうけつけないようなものであると龍樹はいっている」
(龍樹の仏教 十住毘婆沙論より抜粋)

菩薩道、菩薩の生活について細やかな解説がされています。

今はちょっと手に入りにくいみたいですねぇ。。。


安田理深講義集2 親鸞における主体の問題「信心」


yasuda_convert_20080727140519.jpg


「安田理深講義集2 親鸞における主体の問題『信心』」(安田理深/彌生書房)

浄土真宗における「善」について、
「観経(隠顕)」などを通して明快な位置づけをされています。

「『観経』には本願に立たない立場を転じて、
本願の世界を開くところに独自の使命がある。
(中略)
『観経』は否定媒介になる。努力を止めるのでなく、努力を捨てるのである。
努力を捨てることは努力のなかにあって努力を超えている。
努力を止めることなら誰でもできるが、人間の努力をやめても本願にならないのである。

努力を捨てる、努力によって努力を捨てる、努力を徹底して努力自身の無効を自覚させる。
そういう使命をもっているのが『観経』である」
(「安田理深講義集2 親鸞における主体の問題『信心』」より抜粋)

この後、「自力は大いに必要である」としています。

「他力本願」を安請け合いし、真理へ近づく「信仰の勇気」を失ってはならない。
自力、他力を問わず、堅実に「菩薩道」を歩むことが
必要だということを気付かせてくれる一冊です。


仏教聖典

仏教聖典

「仏教聖典」(仏教伝道協会)

初期の仏典から大乗仏典まで網羅されているので、
仏教の基本的な考え方を知るにはベストな一冊。

「悪人と善人の特質はそれぞれ違っている。

悪人の特質は、罪を知らず、それをやめようとせず、
罪を知らされるのをいやがる。
善人の特質は、善悪を知り、
悪であることを知ればすぐやめ、悪を知らせてくれる人に感謝する。

このように、善人と悪人とは根本的に違っている。

愚かな人とは自分に示された他人の親切に感謝できない人である。
一方賢い人とは常に感謝の気持ちを持ち、
直接自分に親切してくる人だけではなく、
すべての人に対して思いやりを持つことによって、感謝の気持ちを表そうとする人である」
(仏教聖典より抜粋)

仏教聖典を全文掲載しているページです。
http://enlighten.fc2web.com/bukkyouseiten.htm


龍樹−空の論理と菩薩の道


空の論理と菩薩の道

「龍樹−空の論理と菩薩の道」(瓜生津隆真/大法輪閣)

龍樹菩薩の思想を総合的に、文献的に知りたい方にお勧め。

「また自他平等という存在の真のあり方からいうと、
自己の悟りは他者の悟りであり、他者の悟りとは無関係に自己の悟りがあるのではない。
救いということにおいてもそれは同じである。
すべての衆生が救われることが自己の救いであり、
自分だけの救いは真の救いではない。

このように智慧は不二を知る知であるの対して、
慈悲は自他不二を体感する心、すなわち共感の心であるともいえる」
(「龍樹−空の論理と菩薩の道」より抜粋)